アリス事件 〜玲志〜
先日某回転寿司店に入った。席はボックス席だ。
そこは値段のわりになかなか美味しい寿司が食べられるとあり、その日も店内は賑わっていたし、俺達も食事を楽しんでいた。
すると俺の後ろの席からおばはんの声で「ちょっとアリスぅ〜……ちょ、ダメよアリスぅ〜……」と、やたらデカい声で聞こえてくるではないか。
その声色、ボリューム、そしてアリスの連呼っぷりからは、アリスちゃんに注意するというよりも、周りの他の客たちへ「ウチの子、アリスっていうんですの。オホホホ」と、いうエネルギーしか感じとれない。
俺は向かいに座る連れにアイコンタクトを送るが、彼女はぷりっと身の締まった透きとおるような真鯛に、ガリを刷毛代わりに醤油を塗るのに必死であった。まだ情事を重ね一如になっていないためか、俺の目配せというテレパシーが伝わらないのだ。テレパシーが通じない間も背後からは「ちょ、だからアーリースぅ〜ぅ」と、高らかに響きっぱなしだ。
仕方がない。
「そんなに言うならテメェんとこのアリスがどれだけ可愛いのか、この目で確かめてやらぁ」と、今日日回転寿司と言えど回っているお皿を取る人はなかなかいないと思うが、俺はゲソを取る振りをしながら「どこぞのフランス人形みてぇな顔してんだ?」と、背後の席に目をやった。
その刹那、怒りと同時に笑いをこらえるので、俺の顔は目の前を過ぎるいくらよりも赤く染まってしまった。
なんとそのおばはんを筆頭に、家族4人がもれなくチョー肥満で、牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけ、口が常に半開きで、おまけに髪もボッサボサだったのだ。
えーっと、まずルイス・キャロルに謝りましょう。
百歩譲って肥満と眼鏡は置いておいても、アリスの髪を梳かしてあげることは、そう名づけた親の義務であると思うのは俺だけではなかろう。
選べないことがたくさんあるこの世の中で、好きこのんで娘にアリスと名づけ、ぶくぶくと太らせ、乱れ放題の髪で連れ歩く。
その上で周りにウチのアリスを見てと声高に叫びながら、美味しく寿司をいただける人がいるとは、なんとも「この国は不思議だな」と、俺に思わせたのであった。
チャンネルはあのままで
画像は『知りたがりのアリス』