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ある大物女優との出会いを通して学んだこと② - 儚屋忍者

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ミュージカルの全国公演に向けてのプロモーションで、タレントを連れて地方に行く機会が多くなった。ビジネスマナーも業界のこともよく分からないままに、なんとかミッションを遂行していた。

女優Nさんを連れて地方のテレビ局に行ったときのことだ。今回はマネージャーさんの同行もない。空港からタクシーでテレビ局に向かう。到着すると、入り口で何名かの出迎えがあった。私はタクシー代を払い、Nさんと一緒に入り口に向かう。
先方の担当者が笑顔で挨拶してくる。私も名乗る。そして、微妙な間があったあとに、Nさんも挨拶していた。
無事に収録が終わって、食事をとることに。私とNさんが並んで座り、向かい側に担当者の方がふたり。そのうちのひとりはどうやらかなりのNさんファンだったらしく、話は盛り上がっていた。
「いやー、昔から大ファンなので、すごく緊張しちゃいます!」
私は、ふむふむ、と思いながら適度に会話しつつ食事を楽しんでいた。するとNさんが私を見ながら、担当者の方に向かってこう言う。
「でも、◯◯くんはまったくわたしに緊張しないのよね……」
私は、「いやいや、そんなことないですよぉ」と適当に返しておいたが、実際、あまり緊張していなかった。なんというか、こういうテレビ業界の人たちと同じテーブルで食事していること自体に現実感がなかったのだ。大女優が隣にいても、私はズブの素人なわけだからもはやあがいてもしょうがない、ありのままでいいっしょ、みたいな感覚だった。

帰りのタクシーで、仕事の達成感を味わっていると、後部座席からただならぬ空気が・・・。
「◯◯くんさ・・・」
やばい。やっぱりなんかやらかしちゃってたか?
「テレビ局着いたとき、ふつうはあなたがわたしのことを紹介するよね?」
その通りだ。
「◯◯くんは、いつもテンポがひとつ遅いの。本来はわたしのひとつ先を行ってなきゃいけないのよ。わたしは気づくのが早いけど、その前にいろいろ気づかなきゃ」
私は、「はい」とだけ答える。それ以降、タクシーは沈黙を乗せたまま空港へと走った。
そういうことか……。食事していたときに私が流してしまっていたあの言葉。あれは、私の緊張感のなさを指摘していたに違いない。そのとき、初めて自分の立場が分かったような気がした。この人に恥をかかせていた自分に気づいた。

それ以降も、私はNさんや売れっ子の女芸人の方などと一緒に地方へ行き、その度にいろいろ学んでいった。マネージャーさんや付き人さんが同行しない以上、地方に行っている間は自分がその役割も兼任しなければいけないのだ。失敗も多かった。

劇団の看板女優と女芸人Wさんのふたりを連れてプロモーションに行ったときも、大きな失敗をした。看板女優はそのミュージカルの主演。そしてWさんはミュージカル初挑戦。しかし、知名度は圧倒的にWさんの方が高い。そのへんに意識を向けることができなかったのだ。
取材でも収録でも、どうしてもWさんの方に焦点が当たってしまう。自然と私もその流れに身をまかせてしまい、看板女優をたてることができなかった。さらに、それにまったく気づかず、仕事後に指摘されてしまったのだ。
正直、経験の浅い私にとってはハードルの高いことばかりだった。しかし、失敗から学ぶことは許されていた。情けない話だが、失敗しても最終的には周りの力で前向きにさせてもらっていたように思う。劇団員やタレントの方たちは常にエネルギッシュで、誰も立ち止まることがなかった。だから、自分もそういう姿勢になっていたのだろう。

Nさんももちろんエネルギッシュだった。あるとき、私はNさんと朝から飛行機に乗って九州に向かい、時間がカツカツのなか取材と収録で数か所を回った。夜にはもう動けないくらい疲れ切っていた。ようやく最後の収録が終わって一息ついていると、Nさんが「ちょっとディナーに招待していただいたから、今日はここで!」と言っている。まじか……。まだそんなエネルギーが残っているとは。東京にいるマネージャーさんに報告の電話をする。なんか飲みに行くみたいですと。
私は宿泊する予定だったホテルへ入り、軽く食事をとって、ベッドに倒れ込んだ。そしてそのまま寝てしまった。
翌日の朝、ホテルの1階の一室へ向かった。そこで取材の予定だったのだ。前日の疲れを引きずったまま部屋に入ると、すでに準備万端のNさんがスタッフの方と談笑している。この人、昨日ちゃんと寝たんだろうか……。

取材を終え、飛行機に乗って、東京に着く。空港でようやくマネージャーさんにバトンタッチ。一応マネージャーさんに聞いてみる。
「今日もこのあとNさんお仕事あるんですか?」
「あぁ、夜ありますよ。その前にプライベートの予定もあるみたいです(笑)」

私はNさんの言葉を思い出していた。「わたしのひとつ先を行ってなきゃ」という言葉。

無理です......。


つづく