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ある大物女優との出会いを通して学んだこと③ - 儚屋忍者

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その後も、女優Nさんと行動する機会は多かった。自分にとっては未知の仕事ばかり。テレビにしろ情報誌にしろ個別の取材が多かったが、大勢の記者が一気に集まる囲み取材もあった。
記者会見のような公式的なものではないが、テレビ局の女性アナウンサーが司会を務めた。スポンサーのひとつである大手旅行会社の担当者がそのミュージカルの魅力を話したあと、Nさんが会場に登場するという流れだった。私はあくまでもNさんのサポート役。
ところが当日、テレビ局に入り打ち合わせをしているときに、私も囲み取材に参加することが決定してしまった。劇団側を代表して、ミュージカルの魅力を伝える役だ。
常に丸腰でフリースタイルな感じで現場に飛び込み続けていた私に、こういう予測できない事態が降りかかることは多々あったが、今回はかなりハードルが高かった。本番まで1時間もない。それまでにしゃべることをまとめなくてはならない。
「大丈夫ですよ。僕もなにしゃべればいいかよく分かってないですから(笑)」と言うのは、スポンサー側の担当者の方。
彼は私のひとつ歳上。歳はあまり変わらなかったが、もともと芸能プロダクションにいてその旅行会社に引き抜かれたというから、経歴としては私と比べものにならないほどのエリートなわけだ。つまり、その言葉で私が安心することはなかった。彼は私の緊張をほぐそうとしてくれていたんだろうが。私はとにかく手書きで原稿を作成して、できる限りのことはやろうと決めた。

囲み取材が始まり、私は彼と一緒に席に着く。目の前にはかなりの数の記者が並んでいる。司会の女性アナウンサーが、まずスポンサー側の担当者を紹介し、彼がしゃべり始めた。
何も見ず、頭の中にしっかり入っている言葉を淀みなくペラペラと吐き出す。話もすごくまとまっている。
「大丈夫ですよ。僕もなにしゃべればいいかよく分かってないですから(笑)」という、さっきの言葉はなんなんだ? あ? ふざけんな! と心の中で思った。これは罠だ! ハメられた!
次に自分の番が回ってくる。私はさっき書いたばかりの手書きの原稿を手元に置いて、その大半は目線を下にして原稿を読みながらしゃべることとなった。この差……負け犬だ。そう思いながら話を終えた。その後は、予定通りNさんが登場し、撮影と質疑応答の時間を経て、囲み取材は無事に終わった。
終わってからわざわざ名刺を渡しに来てくれた記者の方も数人いて、なんとか乗り切った感はあったが、周りがみんなプロで自分だけが場違いだった気がして、少し落ち込んだ。

帰りにマネージャーさんと合流したとき、Nさんが彼に向かってこう言った。
「◯◯くん、今日がんばってたのよ(笑)。ちょっと笑っちゃったけど」
不完全燃焼でモヤモヤしていた私の内心を読み取られた気がしたが、その言葉に救われた。この人が少しだけでも認めてくれるなら、まぁオッケーかなと思えた。

プロモーションで地方を回っている間にも、もちろん本来の制作の仕事は常にしていた。主催者のテレビ局や新聞社、プロデューサー、舞台監督、音響、照明、映像制作会社、デザイナー、劇団員などなどのハブとなって細かい調整をし続けた。あちこちから厳しい言葉を浴びながらも、もう自分がいないと絶対に回らないというところまで来ているという実感はあった。それが唯一の喜びだったかもしれない。

全国公演が始まった。ここからもまた大変だ。トラブルも多かった。関わっている人たちすべてがプロだからこそ、そのわがままも聞かなければならない。特に金銭が関わる部分はシビアだ。しかし、すべてを許容してしまえば公演は回らなくなる。特に、舞監と制作がぶつかるのは伝統だと聞いていた。だから相手がプロであっても、こちらの主張を通さなければならないときもある。
「舞台を一緒に作り上げる仲間だ」という綺麗事だけでは済まない事態も起こる。スタッフのボイコットに近いような交渉もあった。

そんななか、地方から地方へ移動しながら、宿泊、交通の管理をする。公演当日は、朝は誰よりも早く会場入りして、夜は誰よりも遅く帰らなければならない。
朝一番の楽屋の振り分けから始まって、リハーサル前に舞台上のキャストのみなさんに向けてマイクで挨拶。舞台裏の導線や、どのへんのゾーンの客席が埋まっているかなどを説明する。そこからは会場側、主催者側のスタッフと連携して開演準備をしていく。小道具や弁当の手配、受付や売店の設営、タレントさんのお出迎えなどなど。Nさんが到着して、荷物を持って楽屋まで案内するだけでも、スムーズにやらなければというプレッシャーがかかる。他にもやることは尽きない。
開場してもトラブルは起きる。開演直前のリハーサル中に、スタッフがお客さんを客席に通してしまったり。このときは舞監にこっぴどく怒られた。
お客さんからの差し入れを捌いたり、タレントを訪ねてくるなにやらVIPな方々をエスコートしたりと、あちこちとにかく走り回る。やっと少し落ち着けるのは開演してからだ。チケットの管理をしながら、ようやく弁当を食べられる。
公演が終われば、今度は舞台のバラシが始まる。アルバイトを集合させるのがたった1分遅れただけでまた舞監から激怒される。
疲労困憊でホテルに帰る。帰ってからも打ち合わせは残っている。隣の部屋からは演技の練習の声が聞こえてくる。みんな休んでいない。

もちろん、地方を回る楽しみもあった。みんな時間がない中、ご当地グルメだけは食べようという意識があったのだ。すべての人が疲れた表情をしていたけど、充実感に満ちた空気だった。

それから、これはまた別の次元の話だが、こういう大きな流れに乗っかって無心で動いていると、同じようなスピード感で動いている別の流れにいる人たちと目が合うようになる。すごく抽象的な表現だが、それによって私は自分の成長を測っていたように思う。


つづく