儚屋本舗ブログ

儚屋本舗オフィシャルWebメディアより一部の記事を抜粋しています。

神出鬼没のトリックスター - 儚屋忍者

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自分の人生の中に突然現れて、ものすごく重要なヒントだけを残して、そのままどっかに消えてしまって、それ以来二度と会うこともない、名前も知らない相手。
今までに何度かそういう相手に遭遇したことがある。あらゆる時間の流れが、コンタクトの瞬間のその一点を目指していたかのようにも感じるし、いやいや、ただの衝突事故のようなものだろうとも思える。

なぜ私に話しかけたんだろう。そしてなぜ、私が無意識に欲しがっている答えのヒントをその人は持っていたんだろう。

10代の頃の話。六本木に「CORE」というクラブがあった。たぶん移転前だったと思う。ライブを終えた私は、フロアを抜けてラウンジのような場所で一息ついていた。
そこに現れた一人の男性。おそらく20代だと思うが、当時の私にとってはおっさんに見えた。ただし、ただのおっさんではなく、なにか「臭う」人だったことは確かだ。彼は、おもむろに私に話しかけてきた。ライブの感想でも言ってくれるのかなと思っていたわけだが、いろいろすっ飛ばして結論から言ってきたのだ。

「やっぱラップはダブルミーニングだよね……」

私は一瞬戸惑ったが、「は?」と返すわけにもいかず、うなずいて話の続きを促した。

彼はこう続ける。

「ラップ聴いててさ、リリックを追っていくじゃん?ふむふむ、なるほど、と思ってたらさ、聴いてるうちにいつの間にか全く別の意味になってることがあるんだよね。あぁ、さっきのあのラインは伏線だったのか、みたいな。そういう仕掛けがあるラップが俺はヤバいと思う」

その頃の私は、有頂天とまではいかなくともそれなりに自信を持っていた。若さゆえ、調子に乗っていたとも言える。名前も知らない正体不明の男にいきなり重要そうなことを言われ、「もっと深く話を聞きたい!」と内心では思っていたのに、プライドのようなものが邪魔したんだろう。

「あぁ、そうですね。まぁ、韻とかフローとかも大事ですけどね……」

私は完全にサラっと流してしまったのだ。相手も特にそれ以上言いたいこともなかったようで、話はそれ以上進展しなかった。
よく考えると、彼は私のライブを見ていた可能性が高いわけで、そのテーマを投げかける相手として、ライブ後の私を「選択」したに違いない。それがどんなに価値のあることだったか。当時の私には分からなかったのかもしれない。
とにかく、いまだに誰だったのかも分からないその男の言葉は、私の胸にかなり深く突き刺さり、その後の音楽性に大きく影響した。

数年前にも同じようなことがあった。友人に連れられて深夜のクラブに遊びに行っていたときのことだ。音楽とアルコールの力でフロアはすごく盛り上がっていて、珍しく踊っている人がたくさんいた。
私はバーカウンターでお酒を注文してひとりで飲んでいた。たまたま隣に立っていた男。歳は私より少し上ぐらいかなという感じで、かなり酔っぱらっていた。

「いやぁ、ヒップホップって素晴らしいよね!」

それが最初の言葉だった。

まだ酔っていない私は、「そうですねぇ」としか言えない。
彼はその後、一方的に話を展開してきた。

「ヒップホップってやっぱ特殊だよね。いろんな音楽があるけど、日常のなんでもないたった一日とかを切り取ってさ、曲としてバッチリ成立する音楽ってやっぱヒップホップだと思うのよ。今日はこうだったとか、こないだこんなことがあったみたいな、それを一曲の作品として表現できるのってすごくない?しかもさ……」

話は長かったが、彼のこの前半の言葉は刺さった。もちろんヒップホップの魅力のこの側面は、私自身もよく理解していることだ。しかしながら、唐突にあらためて語られるとすごく新鮮に感じられた。
彼とはしばらく楽しくしゃべっていたが、お互いに名を名乗ることはなかった。この場合は、彼は私が何者かが分かっていないはずだし、たまたま隣に居合わせただけの「衝突」だったのだと思う。
彼の言葉(というか、突然話かけてきたことも含め「言動」というべきか)もまた、私の音楽観にインパクトを与えたのだ。

他にこんなケースもあった。これもだいぶ昔の話。
ちょっと歳の離れた大学の先輩と、儚屋玲志(当時20歳前後。なぜか金髪で放浪中の身だった)と3人で、混雑している電車に乗り込んだ。まず、すごく真剣な顔をした先輩が、乗客の波に飲み込まれて、すごく真剣にくるくる回りながら遠くに流された。私と玲志は笑いをこらえながら、なんとか吊り革をゲット。
我々は先輩の存在を忘れて、いつも通りのアップテンポな会話を続けていた。すると、目の前の座席に座っていた酔っ払いのおじさんが、ちょっと怒ったような口調で話しかけてきた。

「お前ら、組んでんのか?」

謎の第一声に一瞬戸惑いつつも応答する。

「え?w」

「テレビとか出てんのか?」とおっさんが言った瞬間に、我々は暗黙の了解で、芸人になりすますという決定を下した。

「え……まぁ、たまに出たりはしてますけどねw」

「コンビか?」

「いや、トリオだよw 今ひとり向こうに流されちゃってるから!w」

「やっぱりな。お前ら見たことあるぞ。こんなとこでくすぶってんのか?」

「いや、まぁ、そのうち売れるからねw」

「名刺出せ!」

「は?w 〇〇っていう番組(若手芸人が集合してネタを競う当時の某人気番組)に出てるから、それ見れば分かるよw」

それからずっと、その酔っ払いのおじさんは「名刺出せ」とか「名前教えろ」とか言い続けていた。
やがて我々は目的地に到着し、電車を降りる。その降り際に、おじさんはとうとう正体を晒してきた。

「バカヤロウ! 俺はな、その〇〇って番組のプロデューサーなんだよ!」

駅のホームで合流した先輩は、叫んでいるおじさんと我々二人を見て、不思議そうな顔をしていた。
あれが本物のプロデューサーだったのか、ただの酔っ払いだったのか、結局は分からなかったわけだが、我々はその日以来、お笑い芸人という道を完全には捨てないでいる。

このおじさんがものすごく重要なヒントを残したのかというと、そうでもない気がするが、自分の人生の中に突然現れたトリックスターのような存在であったことは確かだ。